【瀬戸内海】2018年春、小島観光。アクセス方法、見どころなど。 

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こんにちは。だんごむしクラブです。

このブログを見つけてくださりありがとうございます。

今回は瀬戸内海にある、小島(おしま)に行ってきましたのでその模様を伝えさせていただきます。
朝一のフェリーで突入し、他の島とは違った雰囲気を醸し出す小島を感じてきました。
そして、夕日を見るために夕方にもう一度行き、最終フェリーで帰ってきました。
写真が多く少し長くなってしまいましたが、読んでくださると嬉しいです。

 

 

 

小島へのアクセス方法



2018年4月22日 気温20℃ 天気 快晴
愛媛県今治市にある、波止浜港から小島に向かいます。
波止浜港は造船所に囲まれた小さな港でした。
駐車場と駐輪場があり、トイレ付きの待合室もあります。

小島への詳細なアクセス方法はこちら→http://www.go-shimanami.jp/access/ship/kurushima.html

 

 


片道190円、早朝7時05分の始発のフェリーに乗って出発です。
朝日と潮風が気持ち良いです。

フェリーは約60人が乗れるらしいです。
乗客は私含めて4人でした。
私、ずっと前から小島に来たくて、今回の旅で念願叶い、楽しみすぎて始発のフェリーに乗っちゃいました。

 

 

 

小島に到着


波止浜港から出発して10分、小島に到着です。
地図の赤丸記した場所が小島港です。

 

 

 

小島港のすぐそばにはこんなものがありました。そして、こう記されています。
【28cm榴弾砲‥‥1902年帝政ロシアの侵攻に備え、旧日本陸軍は広島県の大久野島と愛媛県の小島に芸予要塞を築きました。小島には、南部・中部・北部の3ヵ所に砲台が築かれ、中部砲台に設置された28cm榴弾砲6門をはじめ、加農砲、速射砲などが備えられていました。この小島に残る貴重な史跡「芸予要塞跡」は、明治中期日露戦争当時に築かれたもので砲台跡、指令塔跡、地下兵舎跡、弾薬庫跡などが島の各所に点在していて、歴史的な近代化遺産として貴重な史跡といえます。】
私、ずっとこの要塞跡を見てみたかったんです。ここに来て戦争当時の人達と同じようにここの空気を吸い、同じようにこの島の景色を眺めてみたい。それで特に何かがわかるというわけではないですが、この島を感じて見たかったんです。

 

 

 

というわけで、気持ちの良い朝日を浴びながらまずは真っすぐ進んでみます。

 

 

 

歩き始めてすぐに公園がありました。もう使われていないのでしょうか。
後から島民の方が教えてくださったのですが、今現在、小島で暮らしているのは10人ほどだそうです。子供の姿はありませんでした。

 

 

突如現れた発電所跡





7時25分、発電所跡に着きました。
レンガ造りの建物の中は2つの部屋に分かれていました。
明治時代、ここから小島の電力を供給していたのでしょうか。

朝日と小鳥のさえずりと分厚いレンガと錆びた鉄格子。不思議な感覚です。

 

 

緊張感に包まれた弾薬庫跡


島の中央部に位置する弾薬庫跡にきました。
ここに着いた時、私は一瞬立ち止まってしまいました。
ここだけ空気がひんやりしていたんです。写真で伝わるでしょうか、この弾薬庫跡に向かう道の緊張感。この道を歩いている時はかなりドキドキでした。

 

 







ご覧ください、弾薬庫跡です。
写真では伝わらないと思いますが、異世界にいるような感覚です。
かなり大きなレンガ造りの壁と土台が残っています。そして、壁はかなり分厚いです。

今から100年以上前、ここで多くの人々が関わってロシアの海軍の進攻に備えてこのレンガを積み上げたんですね。当時の作業者はどんなことを思ってこのレンガを積み上げていたのでしょうか。本当にロシア軍がここまで来ると思っていたのか、それとも、どうせ来ないだろうと思いながらこの島に要塞をつくっていたのか。
今とは違い、多くの情報が一般人に入ってこない当時は、本当にロシア軍がここまで来るかもしれないと思ってしまうと私は思います。そして、レンガ1つ1つの積み上げ方から緊張感が伝わってきます。

 

 



弾薬庫跡の看板にはこう記されています。
【弾薬庫跡は、山の傾斜面を現在の様に掘り下げて、深い谷間のようなくぼ地とし、周囲は山肌で護られています。当時のモッコとスコップを用い、人力でこのような工事は並大抵のことではありませんでしたが、危険な弾薬を貯蔵するために周囲には強靭な防壁が必要でありました。
現在は屋根が落ちてレンガ作りの壁面が残るだけでありますが、弾薬という一番大事な、しかも危険度の高い軍用品を貯蔵するために、非常に厳重な工事と完璧な設備が施されたことがわかります。】
今、弾薬庫跡が建っているこの場所、昔は普通の山で人力でここまで掘ったのですね。凄すぎます‥‥。今この場所にいるのは私だけ。聞こえるのは小鳥のさえずりだけ。足元にはたくさんの黄色い花。本当にここは異世界です。

上手く写真でこの感覚をお伝えしたいのですが、私の技術不足です。もっと写真勉強します。

 

 

 

さらに奥へと進んでいきます。この石のようなコンクリートのような道は当時からあるものなのでしょうか。それとも、観光用に作られたものなのでしょうか。非常に歩きやすく物の運搬もしやすそうです。

 

 

中部砲台跡

 


中部砲台跡に来ました。まだ朝日が眩しいです。早朝ということもあり、人が全くいません。

 

 

 




大きなブロック岩を積み上げて防御壁が築かれています。人力でここまで持ってきたのでしょうか。
【小島の芸予要塞の中核をなす中部砲台には、この要塞の主砲である28cm榴弾砲6門が配備されていたほか、地下室や井戸、井戸水の浄化装置などが造られ、山頂には司令台が設けられていました。28cm榴弾砲は、角度をつけて発射した弾が放物線を描いて飛んでいく大砲で、海上からは見えない構造となっています。】
と記されていました。

 

 

 

放物線を描いて向こうの海に向かって撃つわけですね。

 

 

 

異世界感がすごい兵舎跡






地下兵舎跡です。正直、1人でここに入るのはめちゃくちゃ怖かったです。
私がビビりなだけかもしれませんが、夜だったら怖くて絶対近づけないだろうなと思いました。

大きなレンガ造りの兵舎が7軒ありました。

何人の方がここで生活していたのでしょうか。
兵舎の中にいると様々な想像が膨らみます。皆様もぜひ一度ここにお越しいただきたいです。ここの異世界感を感じてみてほしいです(笑)。

 

 

 


階段を登って指令塔跡に行ってみます。

 

 

 

ダンゴムシ発見!!


階段を登っている途中、ダンゴムシに出会いました。他の方に踏まれないように回収して森の中に逃がしておきました。

 

 

指令塔跡が見えてきました。

 

 



指令塔跡にたどり着く直前にまたダンゴムシ発見です!!
やばいです!!めちゃくちゃダンゴムシがいます!!
日中なのにかるく100匹は歩いています。私、ダンゴムシの多さに感動しております。

 

 

 

 

小島で一番高い場所。指令塔跡



さあ、指令塔跡に着きました。
小島で1番高い場所で360°景色を見渡せるようになっています。日差しが気持ち良いです。

 

 

 

指令塔跡から南西側を見た景色


指令塔跡から南西側を見た景色です。来島を見ることができます。

 

 

 

南側を見た景色

南側を見た景色です。来島海峡大橋を通る車とその下を通っていく船が見えます。とても壮大な景色です。

 

 

 

 

北東側を見た景色


北東を見た景色です。少し茂っていますが、津島が見えます。いつか津島にも行ってみたいです。
午前8時、私はここにたどり着いた時、思いました。
ここからの夕日を見たい。」と。
そして、私は同日の夕方にもう一度ここに来ることになります。

 

 

北部砲台跡

 



北部砲台跡に着きました。中部砲台跡よりも海に近いため強固な造りになっている印象を受けました。

 

 

 




少し奥に進んだところにまた兵舎跡がありました。やっぱり怖いです。

 

 

 


北東側の海に出ました。海岸沿いを歩いてみることにします。

 

 

 

 

潮が引いたスキを見て海岸沿いを歩いてみる

北の端にきました。津島と大三島がよく見えます。

 

 

 

コンクリートで作られた海岸が終わってしまいました。

しかし、潮が引いています。
これは‥‥、いける!

潮が満ちてくる恐怖がありましたが、さらに海岸沿いを進んでみることにしました。

 

 

険しい岩場を進んでいきます。油断したら海に落ちてしまいますね。

 

 


とても綺麗な砂浜がありました。海も空も綺麗です!
後ろは断崖絶壁です。
潮が満ちてきたら逃げ場がありませんね。

 

 

 


また綺麗な砂浜発見です。砂が本当に綺麗です。不純物がありません。

 

 

 



潮が満ちてくることに怯えながら海沿いを歩くこと20分、ようやく西側のコンクリート帯に着きました。
ここからの景色も綺麗ですね。

 

 

神々しい岩

西の端に飛び出てる岩がありました。干潮時にしか近づくことができません。
なんか神々しいです。

 

 

フナムシ可愛いです。私、フナムシも大好きなんです。

 

 

 

小島の西側の海岸に到着

南西側の海も綺麗です。夏は海水浴ができそうです。

 

 

 

南側の民家

南側の民家が集まっている場所を歩いてみます。

 

 

 

島民の方が教えてくださったのですが、半分以上が空き家だそうです。
少し寂しいような静けさを感じます。

 

 

 

猫さんがこちらを見ていました。

結局、私は3時間小島を散策していました。
自然と人工物の混ざり合いが絶妙な非現実的な世界のように感じました。

そして、 1度帰り、夕方にまた来ることにしました。

 

 

 

夕日を見るために再び小島へ

そして、夕方になり17:30発のフェリーで再び小島に向けて出航です!

船長さんに「こんな時間に小島に行く人は中々いないよ」と言われました(笑)。

 

 

指令塔跡までいっきに駆け上がりました。最終の18:40発のフェリーに乗り遅れないように時間を気にしながら夕日を見ることにしました。

写真は膝立ちしている私の影です。思い出に撮りました。

 

 

 

小島から見る夕日

日が沈んでいきます。今日は良い1日でした。

【小島砲台の歴史‥‥十九世紀末期になると、西欧先進国の植民地拡大競争は激しくなり、その矛先は世界各地に向けられた。我が国の政府はロシア海軍の侵攻に備え、瀬戸内海周辺の要塞建設を積極的に進めた。このとき小島は「芸予要塞」に編入され、大久野島と共に建設工事が始まった。そして、中部、北部、南部砲台を構築し、指令塔、弾薬庫火力発電所、地下兵舎などの付帯設備が相次いで建設され、1902年完成をみた。しかし、小島砲台は一度も使用されることなく、1905年、日露戦争は終わった。】

 

 

 

きっと当時から変わらない夕日。

 

お読みくださりありがとうございました。

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